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昨日5月31日の東京・瞑想会は、午後の瞑想会なのにお帰りは夜〜となる、またもや楽しい一日でした。ハッピーバースデーをお祝いしたり、6月中の計画も次々生まれたり...。まずは来週のお知らせです。

<6月6日 ビーナス・トランジット
金星の太陽面通過 を一緒に見る会@阿佐ヶ谷>

そのまま〜なタイトルで、失礼します。
場所と集合時間だけ、決まっています。

時間:午前10時半阿佐ヶ谷駅集合
すぎ丸バスで善福寺川公園へ向かいます。
午後1時半頃まで予定。ランチご持参ください。

遅れての参加もどうぞ。雨天の場合はまた連絡いたします。

雨天のようなのでお昼からに変更になっています。6/5
ただ今、フリントは集中力のいるワークが続いているので、
自然豊かな玉城に滞在させて頂けるのは、本当にありがたいです。

ちょっとお買い物という時も、たんぼのあぜ道を通って
大地をふみしめ、道草をしながらのんびりお散歩。

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みみずを発見すると、にわとりさんに捧げたり

Enjoy Being in Nature _e0115301_2042535.jpg


4つばのクローバーを探したり、

Enjoy Being in Nature _e0115301_20435859.jpg


帰り道では青虫を見つけて、蝶々になっていく姿を思い描いたり、

Enjoy Being in Nature _e0115301_20441870.jpg


お散歩してるだけで、色んなドラマが発生します。

ようやくエネルギーの波もおさまりつつあるようで、
今日はひとしお、自然の風景が美しく感じられました。
<東京・5月瞑想会>

Hope in the New Era 新しい時代の希望

サプタイトルが少し変わりました。
まさに今、6月からのNew ライフを創造していく途上のわたくしには、必要なテーマです。久しぶりに東京の皆様とシェアできるのを楽しみにしています!

Using Your Heart to Create a New Life Style
ハートを使って新しいライフスタイルを創造する

・2012年6月スピリチュアル予報
・新しいライフスタイルに向けて、マインドの代わりにハートからの見方を使う
・誘導瞑想~内なる旅  

5月30日(水)午後1時半から4時半
場所:阿佐ヶ谷産業商工会館・和室
参加費:3000円

6月4日  部分月食
6月6日  金星が太陽面通過
6月20日 00:03 新月
6月21日 夏至

HP ニュースページ
「自分でないものとはつながらない。」

龍穴神社の本殿前で手をあわせていた時(右横の写真)、上の言葉がばしんと入ってきた。

言葉自体が聞こえたわけではないので、言葉にしてみるとこの表現が近いのだけれど

「チューニングをあわせない、ひきよせない、はねかえす、など」色んな意味が入っていたような感じ。

「自分でないものは、はずす。」というニュアンスも入っていたような。

今まで聖地や神社を訪れて、あまりにもイノセントだったなという気づきもおきる。

イノセントはよくいえば無垢、純真。でも裏を返せば、無防備というか、あけわたし過ぎてたように思う。

今まではそれでよかったのかもしれない。ただこれからは、より気づきを持って、意図をはっきり持ってそのような場にいたほうがよいなと反省。

良い悪いの判断をしすぎて、がんじがらめになるのはよくないだろうけれど。おかしいと感じる時は、つながりをたつ強さも必要だろう。

それは「聖地」だけでのことではないのかもしれない。

伊賀のリトリートが終わってから3週間

垂直意識を徹底的に学んだ後、あちらこちらが気になって、たこの足か〜と思うほど、あちこちに意識の手をのばしていた私。

と、ここまで書いていたらYUMIKOさんがお台所にこられて、まさに今私が書いていたテーマのシェア。

ひとしきり、このテーマでミニミニワークショップ。垂直意識と聖なる空間。

そうか〜一瞬一瞬の人との関わりの中で、垂直意識の練習をしていたってことなんだ。

できなかった自分を責めずにおこう。勇敢に練習の場に飛び込んできた自分をほめてあげよう。

そして明日から、体験をまたじっくり咀嚼していこうと思う。

リトリート、現実生活でのたくさんの人との関わり、聖地でのメッセージ、暮らしの中でのシェア。

なんと完璧に、その時その時に必要な場所にいさせてもらえるのだろう。
光をいただいて
奈良 室生の龍穴神社にて_e0115301_20311450.jpg

こんなに長く大阪にいるのって、5年ぶりくらいかな。
独り言も、頭の中で考える言葉も、すっかり「関西トーン」なわたくしです。

セッションのあい間にも、
京都でなつかしい人たちにお会いしたり
久しぶりの阪急神戸線、甲陽線、今津線
なつかしいあの空気に、学生時代に戻ったり。
あっという間の10日間でした。

さて明日から、また伊勢でお世話になります。
明日はのんびり移動日と思っていたら、嬉しいお誘いを頂き、
奈良〜室生/龍穴経由で伊勢へ向かいます。

最近、会う人会う人みんな、なぜか「龍が〜」という話になり、
辰年の方とお会いする機会も多いかな。

日食を前に、龍穴を訪れて伊勢に行くことになって
これからどうなっていくのやら。

龍の背中で、各地をひとっとびできたらな〜と
これからつめる荷物を見ながら、ちょっとため息。

皆様 良い週末を!
5月後半予定

10日(木)から大阪
16日(水)京都
17(木)神戸
18日(金)大阪
19日(土)伊勢へ移動
20日(日)から27日(日)伊勢
28日(月)東京へ移動
29日(火)から東京

<東京の予定>
瞑想会:5月30日(水)午後/阿佐ヶ谷
ビーナストランジットを見る会:6月6日(水)
家族をはじめ、たくさんの人との関わりが密なここ最近。
自分の中で、注意信号が出かけていたある感覚が、
はっきりとした言葉になって、今日目に入ってきました。

そして、少しさかのぼってみても
このキーワードに照らし合わせれば、何が問題だったかが見えてくるかも
という出来事もいくつか思い出されました。

「越権行為をしない。」

「持ち場を越えて働きかけること、
 それは、いいことなんだろうか?」

ここでもう一度、初心に戻ろう。

コンセントをしっかり内と上ににつなぎなおして
「羊飼い」をせず、ただ「持ち場」をまっとうする。

おとなの小論文教室
Lesson587仕事の選択 13
今日、石井ゆかりさんの「金環日食」についての記事を読んでいて、読み解き方がすばらしいなと、いつもながら感動しておりました。

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5月21日の金環日食を、星占いで用いる「ホロスコープ」の上に描いてみると、とても印象的な様子をしています。

今回の日食は星占いでの「双子座」と「牡牛座」のちょうど境目で起こるのですが、これは実は、2011年3月11日に月が位置していた場所なのです。
さらに、2012年5月21日、もっとも太陽が欠けて見える朝7時半ごろ、この位置はホロスコープの上で「希望・仲間」を象徴する場所にあたっています。
去年の3月11日には、月はこの付近に単独で位置していたのですが、今回はこの月を取り巻くように、太陽・木星・水星・金星などがあつまっていて、なんだか「友達が応援にあつまった」みたいな感じに見えています。

ふたご座は、「カストルとポルックス」という双子をかたどった星座です。ポルックスは神の子で不死の存在であり、カストルは人間でした。この二人はとても仲がよく、カストルが死にかけたとき、ポルックスが自分の「不死」を半分与えて、二人で天と地に交代で住みながら暮らしている、というのが双子座の神話です。

人間は誰でも、いつかは死んでしまいます。でも、その一方で、人としての死を迎えた後も「生き続けるもの」があるような気がします。

日食は特別な「新月」であり、「新月」は毎月、時間を新しくスタートさせるようなタイミングにあたっていますが、今回は「希望」「不死のもの」「仲間」「未来」「スタート」というキーワードがぴったりくる日食と言えそうです。

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同じ「ホロスコープ」を見ても、その方によってその星の配置をどう読み、それをどう文章にして伝えるかは、人によって変わってくるのだろうなとも思いながら読んでいました。

それぞれのキーワードから、色々なことが連想されていきました。この「連想」ということも、恐れや不安が底にある中で連想していくのと、「希望」を軸に連想していくのとでは、その行き着く先が分かれていくなということを、妙にはっきりと思いながら何度もこの文章を読みました。

「日本で金環日食が見られるのは1987年以来25年ぶりです。」とも書かれてありました。1987年というとハーモニック・コンバージェンスの年。新たなコンバージェンスのはじまりになるのかしら。

この日、我々は伊勢に滞在させて頂いてる予定です。
夢の中や眠っている間、いろんなことがおきているような毎日。
今朝目覚めた時、周りの人や世界に対する視点が新しくなる言葉が浮かんでいた。

この冬のライフレビューしてきたこと、
冬から春に移行する前に、自分のエゴ・コントロールに直面したこと。

その流れの先の視点。

そして、今日のダーリン 2012.5.13 で出会った言葉。

「愛を歌わなくても愛を共有できる。そしてそのほうが強い。 」

この言葉を使わせて頂き、今日の思いを言葉にしてみると。

「スピリチュアリティを語らなくても、スピリチュアリティを共有できる。
そしてそれが、良い感じだったりもする。」

語り合いたい時は多いに語り、言葉でなく共鳴しあう時はそれを味わう。

歩いてきた道のりの、今interestingな新しい地点にいるようです。

そして、「スピリチュアリティが、平(たいら)になった感じ」が、今しています。
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