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今日は朝から英語のレッスンと、
久しぶりのフナのワークショップでした。

マウントシャスタにいってこられた生徒さんから
おみやげです、と渡して頂いたものは、
手にとっただけで、ハートがどきどきするものでした。

「何だかあててみるね!」といったものの、
さっぱり想像もつかず、あけてみて見たら
ますます、どきどきが高まってしまいました。

それは、「22種類のハーブとエッンシャルオイル
でつくられたお香」でした。

レムリアな一日_e0115301_0332463.jpg


その名前は、
Sacred Shasta Blend
The Frequency of Divine Unity

Intention(どういう意図で使うか)
というところに、色々と書いてあった説明の
最後を読むと、

Activate Lemurian Vibration
レムリアの波動を活性化する! て書いてありました。

香りを吸い込んだだけで、頭のてっぺんがくらくらする〜。
という、何とも嬉しいおみやげを頂戴しました。

そして、始まったフナのワークショップ。
今日は初めての場所で、初めてお会いする方達とのクラス
だったのですが、
今日この日に、この方達とシェアする為のフナだったのだと
しみじみ思えるような時間でした。

フナのワークショップは、いつもその時に集まる人によって
その都度その都度、違うものになっていくおもしろさがあります。
昨晩も、どこまで歴史やフナ自体の話をするかなあ
何て話していたのですが。

いざ始まってみると、レムリア、アトランティスの話に
どんどん流れていき、聞いてらっしゃるみなさんと一緒に、
熱くなっていきました。

1999年、初めてフナのワークショップに参加した時
フリントが「この教えはプレアデスから伝えられた教えで
レムリアの時代に...」と、話し始めた時に、
腰が抜けるほど驚いた覚えがあります。

詳しくはこちらへ(長い話ですが)

それから、何度も何度も通訳をしながら、
レムリアの話をきいてきたのですが、今日程、
レムリアという時代がリアルなものとして受けとめられた時は
なかったように思います。

久しぶりに故郷に帰ったような、忘れてはいけない原点に
又戻らせて頂いた、レムリアな一日でした。

レムリアな一日_e0115301_03658.jpg
丁度去年の7月、京都駅に着き駅に貼ってある
お寺のポスターを見た時に、ふとひらめくものがあり
手帳にその気づきをしたため、そのまま1年過ぎていった。

今年又7月に京都駅におりたつと、駅ビルの新しい一画が
改装されてキラキラしていた。何だか「お店が東京的」だな、
と感じ横目で見ただけで通り過ぎてしまった。

祇園祭りを堪能し、鱧の湯びきを頂き、
南禅寺でひとり座り、町屋で瞑想をしながら、
「京都的なるもの」について、思いをめぐらせた。

去年のその時の手帳を開いたら、こう書いてあった。

「多層的視点から見える文化〜
京都駅でお寺の写真を見た時に、
お寺や神社の建物そのものというより、
その空間を含めた建築を生み出している
源のアイデアやインスピレーションと
つながる感覚がした。

日本人として見なれたお寺を見る目と、
新鮮なものとして、新たに見る目の
多層的、多次元的目ーperspective(観点)
を、自分の中に感じた。
京都はそれを促す土壌があるように思う。」

今回の旅も、期せずして同じ想いを抱きながら
この土地や人々や文化の中、奥、源に潜んでいるものとは
一体何なんだろう....。

下の日記に書いた「ぶぶ漬け文化」が、ある意味今も
息づいている、意識の奥にあるものは何なんだろう...。

隠されていたものが表に表れつつある、今の変化の時に
通い続けている京都と私の関わりは?

そして、京都を考えるということは、日本文化を考える
ということでもあり、今東京で外国人の夫と住みながら、
自分の中でうごめく「京都的なるもの」への想いは、
ますますつのっていく。

目でみえるものだけでなく、人の話す言葉そのものだけでなく
表面にあらわれるものの奥にあるものを感じ、察する感覚。
それを磨く為に、忘れないようにする為に
山に囲まれ守られ、地球上に残された古くて新しい都市。

色々想いをめぐらしながら、一番シンプルに感じたことは、
「京都にいると、心にいやすい。」ということだった。

It is easy to be in the heart for me when I am in Kyoto.

というか、
頭で京都的なるものに対処しようとすると、負けてしまう...
(私は京都に戦いを挑んでいるのか?)

又は、心で観る方がたくさんの事が豊かに見えてくることが
自然に納得できる、場所だからかもしれない。

子どもの時から、日本という国の文化から目が離せなくて
なのに(orだから)他の国の文化や人にも興味津々で育ち、

でも、日本の文化や宗教を追い続けていたら
袋小路に入りこんでしまい、ある時抜け出して、他の道もたどり
そして今、心で観ることというテーマに直面した時、

京都は私に優しく「おかえり」といってくれた。

「もう一度、より深くを学びに来なさい。
心を開けば観えてくるものを見に。」
祇園祭の宵山の響き、
南禅寺の奥の院で滝にうたれ、
貴船神社の奥の宮は、聖なる静けさ
に満ちていた。

家族ぐるみのおつきあいが多い京都で
10代の少年から80代のおばあちゃままで
多彩なセッションを終えて
東京に帰ってきました。

一番最後に、東京へ帰る電車に乗る前に
来月2才になる、こころくんを抱きしめて、
今回の京都と津への旅は終わったのだけれど、

「人生で最も長い旅は、頭から心への旅」という
言葉の通り、心を抱きしめ、忘れていた大切なものを
取り戻しにいった旅でした。
明日15日から22日まで、
インターネットから遠のく生活になります。
2〜3日に一度電車にのって、南禅寺のある国際交流会館まで
メールチェックにいくという暮らしです。それも又よいかもね。

祇園祭りや、天河の夏の大祭などがまさに行われている最中ですが
京都は行ってから、色んなことがおきていくので
頭を白紙にして、おきるにまかせて過ごしてまいります。

昨日丁度、ハートヴィジョンの後のティーミーティングで
「京のぶぶ漬け」の話がでましたが、
ぶぶ漬けに気をつけつつ、京都でもハートを大切にしてきます!

しばらくごきげんよう_e0115301_1362112.jpg
前回のハートヴィジョンの後は、インスピレーションが
豊かになり、しばし創作活動を楽しんでいましたが、
今日第一回クラスが終わって家に帰ってきてから、
頭がとてもシャープです。
「英語が流暢だな!」と、今ほめられました。

ハイヤーセルフのメッセージは、
Tame your mind and emotion.
tame=手なづける、飼いならす、和らげる。という意味なので
「思考と感情を手なづける。」

ハートに意識をおいて、そしてどう思考を道具として使っていくか。
感情を行動の源として使っていけるか。
それを日常生活の中で学んで実践していきなさいね。
というようなことでした。

ちょっと暴言かもしれないけれど、ハートでスマイルしているだけ
では世の中まわっていかないもんな〜。なんて思う私もいるので
適切なアドバイスでした。

数日前に火星の影響か、怒りがふつふつ沸き起こっていた時が
あったのだけれど、怒りを行動の原動力に変える!と
ふと思ってから、怒りが事をおこすエネルギーになっていった。
ということがありました。
(今まで怒りの矛先をむけられていた家の人よ、ごめんよ。)

でもそれからどんどん忙しくなって、
(行動力が出たから忙しくなったのか、忙しいから行動力がついてる
のか、どっちが先か忘れましたが)
許容量以上のやるべき事を創り出して、限界状態だったのが
今日で、ようやく落ち着きました。
(本当に今する必要のある事と、そうでない事を頭の中で選別したら
すべきと思ってたことが整理されたということもあります。)

ぐるぐる考えるだけで、行動に移っていかないと
いらいらが→怒りになったり
エネルギーがたまるから→落ち込む。
というサイクルになることがあったのですが、

行動に移していくエネルギーをどこから使えばよいのか
が、わかってなかったわけですね。
そして、
いったん行動に出たら歯止めがかかりにくい自分自身の
手なづけ方も、わかってきたように思います。

今日友人にメールの返事をしていて、
いらいらしていた事の反省の意味を込めて、
「京都で頭を冷やして、心をあたためてきます。」
と、自分で書いて笑ってしまいました。

頭や心やスピリットが、一つにつながっていく為に
それぞれの役割を、まずは本来に戻す事から始めるのも
人間として大事だなと思う、それが今日の学びでした。

ハートヴィジョンよ、ありがとう。
ハート以外も恩恵を受け取っています。

頭を冷やして、心をあたためて、そして
腹をしっかりすえて生きようと、決心いたしました。

質問やシェアの中からも、今日もたくさん学ばせて頂きました。
気づきが共鳴しあっていく、すてきな時間でした。
ありがとうございます! 

ALOHA
東京・アウェイクニングインナーライト

スピリチュアルサイコロジー(心理学)を学ぶコースの始まりです。
第一回はフナの教えを基礎とした、人間の3つの意識(自己)に
ついて学びます。

日時:7月27日(日)午後12時半から午後5時半
場所:阿佐ヶ谷

人間の3つの意識ー顕在意識・潜在意識・超意識
(ハイヤーセルフ)とそのかかわり
信念について など。

第一回のみの参加も受け付けています。
料金など詳細は後ほど。

フナについて
友人のみなこさんのワークショップのお知らせです。

みなこさんは、センス・オブ・ビーイングという
ワークショップのタイトルそのもののような方です。
みなこさんとメールでやりとりしたり、ただ思うだけで
私は呼吸がゆったりして、気づきが頭から心に戻ります。

その場に参加しているひとりひとりが、丁寧にあたたかく
心を通いあえるように、聖なる空間が常に保たれている
気づきにあふれた素晴らしいワークショップです。

みなこさんからのメッセージです。
---------

センス・オブ・ビーイングのワークショップでは、
「今・ここ」を丁寧に受け取る時間を、大切に過ごしています。

例えば、一つひとつの呼吸を静かに味わってみる。
地面とのつながりを感じてみる。ゆっくり歩いてみる。
ことばやイメージがもたらすものを、
からだでゆっくり楽しんでみる…。

いつも当たり前にしていることも、心を静かにして
たっぷり味わってみると、滋味深いものがあらわれてきます。

五感に耳を澄ませながら、「からだで生きることの豊かさ」を感じる
時間を過ごせたら…、という思いからワークショップは生まれました。
セラピーでも、勉強でもない、自分を優しい気持ちで味わう時間。
内なる自然とつながる時間。
小さなワークショップを通じて、
そんな時間を一緒に過ごせたら…と思っています。

今回のテーマは「からだの中でくつろぐ」です。

からだの中の自然の力を感じ、からだと共にいることの安心感や、
安らぎを感じる時間を過ごせたら…と思っています。

日時:8月3日日曜
午後1時半〜5時
会場:千駄ヶ谷区民会館・1階和室
(原宿駅竹下口より徒歩7分)
☆登録団体名はシード・オブ・ピースです
参加費:3500円(お茶と小さなお菓子つき)

センス・オブ・ビーイング・ワークショップ_e0115301_122522.jpg
<アートなお知らせ>
京都での瞑想会の場所でお世話になっている
京町家アートギャラリー「Be-京都」さんの
「凉を感じる小物展×PsotCard Collection 2008 Summer」に、
友人のかわもとゆうきさんが出展されています。
期間:7/12(土)〜20(日)
場所は今出川の同志社の近くです。

彼女のアート&プロフィールはこちら。

彼女は「魂のポートレイト」を描く、アーティストさんでもあります。

アートなお知らせ_e0115301_0284192.jpg
コンコンチキチン コンチキチン
祇園祭りのお囃子に誘われて、京都の予定が決まりました。
(実際に今、お囃子のCDがバックグラウンドに流れています)

山科でのセッションは、7月16日(水)から21(月)まで
高瀬庵さんでの瞑想会が7月19日の午後になります。

東京は14日(月)までと24(木)から、フリントのセッション
私の英語レッスンとなります。
京言葉になって東京に戻ってきますね〜。

祇園祭りに誘われて_e0115301_23171365.jpg
皮膚は縁側のようだ!
と、ふと思った。

内にも外にも開かれている、
からだとスピリットのまじりあうところ
世界とわたしが出会うところ。

内と外の境界線でもあり、
わたしが、宇宙の果てまで無限に広がろうとする動きの
始点と、宇宙からやってきってたどり着いた終点が
何ミリという幅の中に、同時に存在している。

魂の中にからだが在るのか...
からだの中に魂が在るのか...
そのどちらであっても
そのどちらでもあっても

ふれることのできない魂というものにふれあえる
秘密の縁側かもしれない。

秘密の割には、あまりに目につきやすいけれど。
一番秘密に隠しておきたいものは、
一番目につきやすいところにおいておけばいい
て誰かがいってたっけ。

ふれる、その聖なる一瞬で
あなたと私が、そこで出あう。

「あなたは誰?」
私の中の魂が、全感覚をひらいて問いかける。

いつも目でみて、言葉を交わしていても
出会うことのなかったあなたと、
皮膚を通して、本当に出会えるから。

「私は世界と分離している」という、
何千年も信じてきた幻想が、
慈しみの手にふれられることで、ゆらいでいく。

目で見て、頭で話して、つながろうとしても
いつまでも満たされないさみしさが、
心の手でふれてみることで、とけていく。

わたしがわたしであることが、
あなたがあなたであることが、
さらに、愛おしくなる。

2008.7.8 © Noriko Murakawa

皮膚は縁側のようだ!_e0115301_1212575.jpg
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