いきなり今日はおこっている。

テレビの英語教育番組を見ていて、
思わずつぶやいてしまった。
最近のテレビ番組のつくり方、おかしいんとちがう〜。

不必要な音とか、ちかちかする装飾とか、変なセットはやめて〜。
NHKだったらもう少しはっきり話す出演者を選んで〜。
何かがおかしい。人間の感受性を何だと思っているのだ〜。

英語を勉強したかったら、テレビよりラジオの方が集中できるとは
よく言われるけど、テレビがこんなにひどいとは思わなかった。

30代40代、もっと年配の方で、もう一度英語をやりなおそうと思われる方も
いらっしゃるだろうに、この色調ではほんとにどうかと思う。
私が今中学生だったとしても、きっと同じように感じているかもしれない。

昔のあの、シンプルな番組風景がひどくなつかしい。

明日の大西先生の番組を、内容が良いのでみなさんにすすめたのだけれど
番組のつくり方が今日みたいだったら  激怒しそう。わたし。

これは私の受け取り方なので、良いと思った人は見て下さいね。
といいつつ、書かずにはいられなかった。

何かを学ぶ時って、感覚を開いて、色んなことを吸収しようとしている状態だと思う。
その時に、不必要な刺激や落ち着かない空気が感じられるのは不快なだけでなく、
学ぼうとしている事が、感覚を通って吸収されていくことの妨げになると思う。

シュタイナーの学校などでは、学ぶ環境をとても大切にしてらしたり、
フリントのワークショップの時も、その場が整っているかに彼はとても気を配る。

そういった場(メディアで提供される番組も場としたら)に対する感性自体が、
おきざりにされて、視覚や聴覚的に(いわゆる目にみえて耳にきこえる)
刺激を与えることがどんどん促進され、その一方で目に見えないもの
(オーラや過去生)が見えることが、すごいと持ち上げられたり。

間違っている。

そうやって怒っている自分にむかって、ふと ある詩が心に浮かんだ。

”自分の感受性くらい”      茨木のりこ

        ぱさぱさに乾いてゆく心を
        ひとのせいにはするな
        みずから水やりを怠っておいて

        気難しくなってきたのを
        友人のせいにはするな
        しなやかさを失ったのはどちらなのか

        苛立つのを
        近親のせいにするな
        なにもかも下手だったのはわたくし

        初心消えかかるのを
        暮らしのせいにはするな
        そもそもが ひよわな志にすぎなかった

        駄目なことの一切を
        時代のせいにはするな
        わずかに光る尊厳の放棄

        自分の感受性ぐらい
        自分で守れ
        ばかものよ
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太極拳を習いに、わざわざカナダのホリホックまで行った時の話。

イミグレイション(入国管理)で、「何しに来たのか?」と聞かれて
おきまりの「観光で」とか言えばよかったのだけれど、ちょっと会話したくて
「Tai Chi (太極拳)を習いにきた」ってこたえたら、イミグレイションのおじさんに
「それなら中国に行けばいいのに〜」って、おせっかいなことを言われた。

本当のところ、太極拳が習いたかったわけではなかった。
センサリーアウェアネスのワークショップを日本で体験して、
もっと深めたいと思ったのでカナダまで行こうかなと思ったのだった。
それで、ジュディス先生に次の予定を聞いてみたら
その夏ははセンサリーのワークショップは行われず
太極拳のワークショップならやっているとのことだった。

一瞬どうしようかなあ、とは思ったのだけれど
その時、人生に行き詰まっていたということが大いに背中をおしてくれ、
すぐに行く事を決めた。ホリホックという場所も魅力的だったから。
行き詰まった時って、思いきってえ〜いとジャンプができるので
行き詰まるというのも、悪くはないなと今は思える。

その頃はメールがなかったので、ホリホックやsea plane の会社に電話したり
(ホリホックのあるコルテス島までは、日本からだとシアトルから sea planeで
直接行くのが一番シンプルなのです)
ドキドキしながらも勢いで(笑)電話した覚えがあるが、その頃の英語力の割には勇気があったよな。ほんとに、何かの力が背中をおしてくれていた。

後から振り返ってみると、あのカナダの旅から帰国して一か月後に
カナダ 人のフリントと出会って、彼のコーディネートと通訳をするようになって
その後結婚もしたのだから、やっぱりあの旅は人生の大きな転機となった。
背中をおしてくれた未来からの私に感謝!

そして8年後の今、海外に何かを学びに行きたいので英語を勉強したい。という人の
お手伝いができると言う事は、今までの英語での悲喜こもごもの体験があるからこそ。
海外に行かれないかたでも、英語でボディーワークやスピリチュアリティを学びたい
とおっしゃる方も、みなさん応援させて下さいね。

「学ぶ」という事はとにかく前へ進もうとする事、
智慧の光に照らされていない状態(無明)に、光を照らしていこうとすること。
まさにAwakening Your Inner Light 内なる光を目覚めさせるーということ。

すべては小さな勇気ある一歩から。
(ホリホックの写真です)
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HOLLYHOCK HP
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今日、久しぶりに又NHKラジオの英語を聞いてみた。
クラスの皆さんにおすすめしている以上自分も聞いておこう!と思って。

去年の9月「もっと英語力アップしよう」と思い立ち、本屋さんで色々探して
結局NHKラジオの徹底トレーニング英会話を始めることにした。

どれだけ続いてたっけ、と買ってあるテキストを調べてみると
9月から12月まで「徹底トレーニング英会話」を続けて、
1月に「英会話上級」にうつっている。

それから、あれ、間があいて...。

7月に「テレビで留学」を試してみて。
9月に「わかる使える英文法」のテキストを買ってある。

おもしろいことに、英語力アップを目指して4か月頑張った昨年の12月末。
ある展開があって、その次の月ー今年の1月から毎月京都に通うようになった。

京都ではほとんどが外国人のクライアントさんで、その連絡や応対が次々とやってきて
又、京都に住んでらっしゃる外国人の方のコミュニティに入れて頂きながらの
暮らしだったので英語を使う機会が飛躍的にふえた。

なのでその半年間は、実地での英語体験に忙しく
ラジオの勉強はほったらかしになってた。

そしてしばらくして、思い立って7月頃に
「テレビで留学のテキスト」を買ったら

今までにはなかった、英語のみのワークショップが何度か続き、
(ということは私は通訳をしなくてよく、参加者になれたわけです)
英語での泊まりのリトリートまで実現してしまった。
これは本当に良い体験だった。

日本にいながらにして、スピリチュアリティを学ぶ留学をしたようなもの。
「京都スピリチュアル留学」

こうして1月から半年、京都で実地の英語徹底トレーニングを受けたから
今、こうして英語を教えるということに一歩踏み出せた。
去年の9月には想像もしなかったこと。

テキストを選んで買う!という事は、自分の意志表示をしているわけで
(誰にむかってだろう、ハイヤーセルフにともいえるし、宇宙にむかってかな)

そうすると、その意志表示に応じた体験がおこり、
それを引き寄せている自分がいる。
そして、その体験を通して力もついてきている。
力がついてきたら、またさらなる展開がおきてくる...。

そうやって成長していくのね。

NHK英語番組のサイトなど
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苫小牧市、白老のポロトコタン(アイヌ博物館)での写真です。

9月18日に行く予定にしてはいたのですが、当日の朝
ちょっと遠いし行くのどうしようかねえ、と話していたら
ふとつけたテレビで、まさにその白老が特集されてて
ポロトコタンがうつっていたのです。

そんなこんなで、せっかくここまできたのだから、
やっぱり行こうということになり出かけたのでした。

ムックリの演奏やら、アイヌの子守唄や、イヨマンテの儀式
フリントがハワイのお祈りをする時に唱える言葉と同じ言葉を
アイヌの儀式の中で耳にして、驚いたりしていました。

踊り手のお姉さん達が、しきりに私の方を見てにこにこしているので
どうしたのかな?と思っていたら、
私のはいてるインディアンの靴が、舞台から見えてたらしく
「かわいいわあ」と、うけてしまいました。

舞台の後、色々お話をして一緒に写真をとらせて頂きました。
今朝テレビに出てらした方だったので、
この方に導かれて、ポロトコタンまで来たような気がしたのでした。

クォンタムリープの日に。

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全く初めて一人旅で海外に行ったのは、ジンバブエだった。
縁あってキリスト教の世界会議のお手伝いで参加した。
現地で日本人の方と合流したので一人旅とはいえないけれど、
とにかくたどり着くまでに、まるまる2日間くらいかけて行った思い出がある。

関空ーアムステルダムーケニアーリロンゲージンバブエ、
確かこんなルートだったように思う。

アフリカなので、2種類の(何だったか忘れたけれど)予防注射をうって、
何かの薬(結構強かったように思う)を、フライトの何時間前から飲み始めた。
おかげで、アムステルダムで吐き気とおなかの妙な具合におそわれ、
飛行機搭乗のアナウンスが流れているのに、トイレから出られない(涙)という
悲壮な体験をした。

結局何とかケニア行きに乗り込んだのだけれど、その時不思議な体験をしたのだった。

別に何かが見えたとかどうとかではないのだけれど、
客席にいる人達を見渡して、自分がここに一人で座っていることをふと意識した時に、
国籍とか、自分が日本人だとか、深いところにあった人種の「違い」という感覚、観念が
意識の中で溶けていくのを感じた。

からだはぼろぼろで、もうそんな事どうでもいいや!という
あきらめというか、降伏というか、
意識して手放すというより、ほんとに感覚的に、どうでもいいや!がびったりだった。

クリスチャンでもないのに、はるばる日本から世界会議に出て、
何故私がここにいるのだろう?と、アフリカの大地の上で自問自答したけれど、
ただあの時、これからの未来の為に自分の中の枠を溶かすためだったんだろうな。

かれこれ、10年前の出来事。
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海外からの講師のワークショップを、通訳を通さずに体験したい!
そのような多くの声にお答えして、英語でのヒーリングワークショップを企画しました。

このように目的がはっきりしているのなら、その場を設定してしまうのが一番!
実際にその場を体験する事で、どのようにこれから英語を学んでいけば良いのかがわかりますし、私にとっても、どのようにレッスンを進めていくのが効果的なのかを探っていこうと思います。

ヒーラーでもありネイティブスピーカーでもある、パートナーのフリントによる
ヒーリングのメカニズムについての英語の講義に、私が説明を加えながら
できるだけ英語でそのまま理解していく練習をして頂こうと思います。
光を呼吸する瞑想も入る予定です。

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詳しくはHPへ
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23日、24日の2日間 9月アウェイクニングイングリッシュ
ワークショップ、終了いたしました。
参加頂いたみなさま、ありがとうございました!

これから留学や海外旅行をされる方、留学やワーキングホリデーから帰国して
日本で英語を使う機会がないのでとおっしゃる方。
様々な目的でご参加頂きました。

その中で、今回新しい流れが生まれてきたなと感心したのが、
・ボディーワークを海外で学びたい。
・海外からの講師のワークショップを、通訳を通さずに体験したい。
・講師と直接英語でコミュニケートしたい。
・海外で自分のワークショップを開きたい。
という思いから英語を学びたいという声でした。

ロハスムーンさんを通して告知させて頂いただけあって、
全員の方が何らかのヒーリングやボディーワーク、エネルギーワーク、
アロマなどを体験されてる方々で、その方面の話で花が咲きました。

そして、ヒーリングやスピリチュアリティについて、もっと英語で直接学びたい!
世界の人に英語で伝えたいという人がいらっしゃるのを知り、
ほんとにほんとに嬉しかったのでした。

今までは通訳という仕事を通しての役割だけでしたが、
これからは、みなさん自身が英語で直接学んだり伝えたりできるお手伝いという
さらにわくわくする役割ができて、ますますやりがいを感じています。

クォンタムリープがまさにおきていますね。
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クォンタムリープの週を北海道で過ごし、
無事東京に帰ってきています。

色々と報告したい事があるのですが、
明日からの英語教室の準備におわれています。

お世話になった苫小牧の方のブログに、ワークショップの様子などを
載せて下さっていますので、写真と共にご覧下さい。さくらぎ笑楽好(しょうがっこう)さんブログ
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もちろん、てんぷらそばが大好きということもあるし
長野のおみやげの、本格的なおそばでおいしかったということもあるけど

何というか こうやって、
夫を目の前にして、にこにこしながら元気に食事ができる。
このような、あまりに当たり前の暮らしが幸せなんだなあ、
としみじみ思ったら 涙が出てきた。

意識のクォンタムリープ(量子的飛躍)がおきつつあり
宇宙ですごいことがおきている  その事と同時に

この地球で人間で、精一杯生きてる事そのものが
奇跡のようで、いたく愛おしく思えた夜でした。
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英語のレッスンを始めるのは、本当は長い間躊躇していた。

留学経験はないし、帰国子女でもなし
いわゆる完璧に、ネイティブのように英語を話せるわけではない。
今でも調子が悪いと、思ったように英語が出てこなくて悲しくなる時がある。

でも、だからこそやろう! と思った。
嬉しかったこと、悲しかったこと悲喜こもごも
英語を通して体験したことを、同じ道を歩こうとしている人に伝えたい。

できなかったことが、段々できるようになっていく、
そのお手伝いができるって、素敵だな。

以前、フラの発表会の時、私達のクラスは初舞台で
まさに口から心臓が飛び出そうな状態で踊り終えた後
先生が舞台のそでで泣いてらした....と
後で先生の先生がおっしゃってた。

私もそんな体験がしてみたい。
イメージがどんどん広がっていく... 。
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以前からやろうと思っていた英語のレッスンを、ようやくこの秋から始めます。ただ今、カリキュラム作成中。アウェイクニングイングリッシュというタイトルなので、普通の英語教室とは違うのです。今まで習ってきたスピリチュアルに目覚めていくことも内容にいれながら、独自の方法をあみ出しています。この創っていく過程がとても楽しいのです。

今年の始めから、京都で英語を教えてらっしゃる大学の先生達と接してきて、
学期始めや、試験、評価...、と、様々な大変さや、
生徒さん達との関わりの様子を身近で体験させて頂いた。

忙しいのよ〜、大変だわ〜と、おっしゃってる傍で見ていると
本当に大変そうなのだけれど、

私の目には、とてもいきいきして
英語を教えるということ、若い世代を育てることに
とても責任とやりがいを感じてらっしゃるように見える。

今、ようやく重い腰をあげて、自分も何かを教えることを始めようと思ったのは
彼女達に接してこられたお陰だと思う。

大好きな先輩方に感謝。

アウェイクニング・イングリッシュ
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今年の夏は、絵日記がいっぱいかきたくなるような
まるで子どもの夏休みのような日々を過ごした。

満天の星空の下で寝たり
花火、すいか、とうもろこし,
冷えたきゅうりにお味噌をつけたのを食べながら、
村の神社で人形浄瑠璃を見た。

ひるに血を吸われながら歩いた雨の森の中。

放し飼いにしてあるにわとり達の群れを通らないと
ご不浄(トイレ)に行けない、という環境のお陰で、
ずっとずっと恐かった、にわとりともようやく仲良くなれた。

何十年ぶりかでテニスもしたぞ。それも夫と... .
2人で映画(ガイアシンフォニー第六番)も見にいったし。

京都では、8年前のフリントのワークのときからの仲間と、
東京では、とても思いで深かった山中湖の仲間と
それぞれ、リユニオン(同窓会)パーティーを開くことができた。

いくつになっても、夏は特別。
他の季節にはない魔法を授けてくれる。

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今日、未来の自分のイメージをしてみたら
80才くらいで、とても元気なおばあちゃんの私が見えた。

でも、日本人ではなかった....

今よりもっと  ナチュラルな英語を話していて
明治のおばあちゃんの気概みたいなものも感じられる
ターシャー・チューダーさんを太らせたような感じだった。

少し先の未来が見えにくい時は、思いきりジャンプして先を見るのもおもしろいかも。

I intended to see the image of my future self today.
Then I could see myself as a healthy genki old lady around 80years old.

But she didn't look Japanese anymore...

She spoke English more naturally than I do now.
I could feel the sense of dignity from her presence.
Looked like Ms、Tasha Tudor but not thin like her, more chabby.

When we have some trouble to see the image of near future,
it may be helpful and interesting to jump high and see the future ahead.

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最近はあまり見なくなったのだけれど、
以前、学生の時の夢をよく見てうなされていた。

今日が、大学の履修届を提出する日なのにできてない、
試験の日なのに、自分が履修した科目を全く覚えてない、
履修してから、試験の日まで一度も授業に出席してないことに気付く。

履修、試験、卒業、勉強不足.....
どう考えても学生時代に、やり残したものがあったということが
明らかにわかる夢だ。

高校の3年の時に、後何日学校に行かないといけないか、必死で数えている
そんな夢も何度も見た。

「おかしいな高校も大学ももう卒業したはずなのに
又、やり直しているのか私は。」と、夢の中の私はあせっている。

起きてから、実際に卒業証明証を探して確認したことさえある。

この、「やり残しの感覚」がいつもいつもつきまとっていた。

そして、最近ようやく
「やり残しの気持ち」が悪いわけではないのだということ。
高校大学生活を、思う存分味わいつくしたと思えなかった人生が
失敗だったのではないのだと、思えるようになった。

今年に入って、京都でご縁を頂くのがほとんど学校関係の方々。
前期試験の最中の大学を訪ねたり、
春に高校を訪れた時は、丁度大学の合格発表の日だったり、
夢の中のやり残し感を、今年に入って再体験しているかのよう。

そして、ただ再体験しているだけなのではなく、
この時代になったからこそできる事が、
教育の世界で私を待ってくれている。そのように感じる。

やり残しなのではなく、教育が生まれ変わる今の時を、
20年間大切に熟成の時を待っていたのだと。

そして、最近内なるワークをする度に出てくる想いが、
新しい教育に携わりたいということ。

学校とか勉強が特別好きだったわけでもないのに、
魂のレベルでは、今ぐいぐいとその方向へ引っ張られている。
そして、その意図が意識にのぼってきたからだろうか
おきてくる現実ー関わる人や場所もーそのように引き寄せられていく。

京都から戻り、2週間の体験をまとめていた矢先、
「教育は死なず」の著者 若林 繁太さんが、昨日旅だたれました。
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Amazing Voice! Check this video.
素晴らしい歌声、聞いてみて下さい。

you tube
Paul Potts singing Opera
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Dance with the deeper part of the Earth.
You are the Earth.
The core of the Earth connects to the core of your self.

地球のもっと深いところとダンスしなさい。
あなたが地球なのだから。
地球の核はあなたの中心とつながっている。

You can do it through your senses.
Be more aware of your senses.
You don't need the veil to cover your sensitivity anymore, do you?

それは感覚を通してつながっていける。
もっとあなたの感覚に気づいて。
感じることを覆っているベール、もういらないのではないかしら?

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Weaving the Future

アイデアを新しく形にしていくのに
機織りという発想が、今とても気にいっている。
以前はどうしても形にできなかったものが、今ようやく形をとるプロセスにある。
何故できなかったのかも、見えてきた。

Weaving is my favorite tool now to create something new .
The things that I could not make it as a form are now finally in the process of creation. And now I know what prevented me from making it.

3次元(立体)に織物が織れると
もっとアイデアが形になりそうなのだけれど。

I wish I could weave the ideas in three dimensional format.
Then it would help more for better creation.
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Embrace my old self

今日の午後、ハワイに行っている友達から電話があった。
彼女と話しながら、8年前の夏に一人でカナダにいた時の事が心によみがえってきた。
ホリホックというリトリートセンターで、太極拳を習いながらセンサリーアウェアネスのワークに参加していた時のこと。

My friend who is now in Hawaii called me this afternoon.
While I was talking with her, the memories of the days I was in Canada alone
were bubbling up on my heart.
I was participating the workshop of sensory awareness through Tai chi at the retreat center named Holly hock.

リトリート最終日の前日だったか、
私は森の中で気を失ってうずくまっているところを発見された。

It was a day before the last day of the retreat.
I was found in the woods sitting on the ground fainted...

やっぱり気をはってたんだよな、なれない環境で。アジア人は私だけ。
英語がついていけないだけでなく、コミュニケーション自体に入れない悲しさ。
ハートをとりまく自分のかたい殻が一番つらかった。

I think that was because of the mental stress being alone abroad.
I was the only person from Asia. Not only because of the poor ability of English itself but also the sadness that I could not catch up with the communication.
Hard shell around my heart was most painful for myself.

今日その事を思い出しながら、あの痛みの体験があったから今の私がいるんだなと
人生の恩寵として受け取れた。
ハワイで一人で頑張っている彼女を励ましながら、
未知の世界に挑戦していた、8年前の自分を同時に抱きしめていた。

Today I noticed that that painful exprience was truly a grace for my life.
That direced my life path to where I am right now. I can accept so now.
As I was encouraging my friend through the telephone today,
I was also embracing myself challenging something unknown 8 years ago.

ホリホックの体験記はこちらにも
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Weaving the sounds and weaving the words.

言葉が生まれる前の場所にとどまり、
ゆっくりとタペストリーを織るように、思いの海から言葉をひろいあげていきたい。

Staying at the place where all words originally come from and
slowly pick up each word form the ocean of my thought to weave the tapestry .

世界が今大きく息をして、私の心の中の想いに耳を澄ませてくれているとしたら
If the world is now taking a big breath to listen to what my heart will say...

何を伝えたいのだろう、今の私は。
What do I really want to tell now?
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大地により深くつながり為には、できるだけ腰を落として踊る。

フラを習っていた時も、練習の年月が経つにつれ、かなり低い位置まで
からだをしずめて踊ることが必要になってきていた。

ある日レッスンの時、「私はこれ以上は下がれない。」と、からだがいった。

根性がたらん!といわれれば、それまでだけれど....
それでフラを一度辞めた。

けれども、フラやフラのような踊りに対する思いはずっと続き、
又、違う教室でレッスンをはじめて又辞めて、
そして、自分のダンスを踊ることを始めた。

フラという型から自由になったと思っていたのだけれど
大地とつながりたいという思いから、いつも自然に低い位置で踊っていた。
そして、からだ特に下半身に負担がかかっていた。

今朝、突然気づきがやってきた。
大地につながる為に、腰を低く落とす必要はもうない。ということ。

意識して大地にチューニングをあわせること、イマジネーションの力を信頼すること。
それだけで、つながりたい領域、世界とつながれるのだということ。
それが私のダンス。

優しい風にのって、もっともっと軽やかに踊れる。

In order to deeply connect to the earth, you should lower your standing position
as low as possible.
When I was learning Hula, It comes necessary to sink the body much lower than
I could.

One day in the lesson , My body said "I cannot come down more than this!"
Somebody might say that you need more effort and passion, but ...
That was the reason I quit my first Hula school.

But the desire to dance in Hula or Hula-like dance cntinues.
I joined other Hula class and quitted again.
And I started to dance in my own style.

I thought I could be free from the form of Hula, but still continue to dance in
low position because of the desire to connect with the earth.
And it has given stress on my body especially lower part of my body.

This morning suddenly great realization hit me.
No need to dance in lower position any more in order to connect with the earth,

Consciously tuning into the earth and trust the power of imagination.
That's all! Then I can connect with the realm, the world I want to get in touch with. That is my dance.

I can dance lighter and lighter with the gentle wind.e0115301_23501354.jpg
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