いきなり、どうした!このタイトルは。

ほぼ日刊イトイ新聞で、今日から始まった
吉本隆明さんと糸井重里さんの対談を読んで
出会った言葉です。

私の実家は浄土真宗。
子どもの時からお仏壇の前にちんまり座り
「南無阿弥陀仏」を唱えて育ったのですが、
知らなかった、こんな会話がなされていたとは。

例えば『歎異抄』 (たんにしょう・親鸞の弟子の唯円がまとめた、
親鸞の語録とされているもの)の中で、唯円が親鸞に
「我々は浄土教ですが、浄土というのは、死んでから行くことのできる
 安楽ないいところだといいます。
しかし、私はちっとも浄土へ行きたいと思わない。それは、なぜでしょうか」
と質問した、という場面が出てきます。

すると親鸞は 「俺 もそうなんだ」て、答えた。

人間の煩悩は、いまいるこの世に執着を醸し出すものなんです。
だから、煩悩ある人間にとっては、
いくら「安楽な浄土だ」と言われても、
そこへ行きたくない、この世にいたい、
と思うのは、普通なんだよ、ということなのです。

これは、聖ジャーメインのドリームウォーク(死のプロセスの移行を援助する)
にも通じる話ですが。

そうなのか、と感心しつつ。

昨日おとといから、眠りにつく時に
「この世の天国感」 が感じられ (変かな?)
わざわざ死んでからいかなくても、ここが天国なのねと
今までになく思えるようになったのでした。

普段の日常の暮らしの中で、ばだばたしていると
とても、そんな風には思いないのですけどね。

そういう意味で、私は浄土に行きたいとは思わないのでした。

対談記事へ
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ボディーワークのワークショップの案内がひと段落したかと思ったら
次々テーマがやってきます。

ガイドライトというハイヤーセルフからのメッセージを自分で受け取るセッションも
フリントはガイドしているのですが、ニューメキシコにあるその創始者の方のセンター
を、関西の親しい友人が訪ねてこられたのでした。

そんなこともあり、ガイドライトがどうやって生み出されたか、
フリントがどのように習得してきたかの話を初めてきいたのでした。
(今まで知らなかったのも不思議ですが)

そして、もう一つのセッションでもあるインナージャーニーについて
とても詳しく訪ねてこられる問い合わせがあり
ふうふう言いながら答えていくうちに、自分の中で今まで学んできたことが
どんどんまとまっていくのを体験しました。

からだ こころ スピリットとのつながり
3つがバランスよく、アラインメントしていくことの大切さを
周りの人や状況が思い出させてくれます。

今日は天秤座の新月、まさにバランスと調和にむかっているわけですしね。

ガイドライトなど
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ボディーワークのワークショップを10月20日(土)21日(日)に行います。
ボディーワークと一言でいっても、様々な手法がありますが、
フリントのボディーワークは、
この3次元の目に見えている「身体」としてのとらえかたを越えて
インターディメンショナル=interdimensional
inter+dimension+nal ~ の間+次元の+形容詞形
な観点から「からだ」をとらえていくボディーワークです。

ワークショップの内容やタイトルを創っていく過程で、どんどん変化していきながら
「アセンションのプロセスをサポートする為のボディーワーク」というタイトルに
落ち着きました。

からだの症状としてあらわれてきている古いパターンを、深いレベルで
クリアーにしていく助けが、これかからますます必要になってくるようです。
私も通訳としてと同時に、今まで習いたかったことが学べるのでとても楽しみにしています。

*このワークショップはその後「スピリット・オブ・ヒーリング」というコースとして行われました。

スピリット・オブ・ヒーリング
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13日のワークショップで読む英語の文章を探していたら、
まるで待ち構えていたかのように、ぴったりくる内容が飛び込んできました。
英語自体も読みやすいので、ここから選んで読んでいこうと思います。

ガーディアンからのメッセージ/2007年10月4日付
Message From Guardians: Through Laura

Age of You

<ワークショップページから抜粋です。>

今年の夏から9月10月にかけて、チャネリングされた英語の情報が、
ますます増えてきたように思います。良い翻訳もインターネットを通じて
読めるようになってきましたが、英語でそのまま読むことで、言葉にのせて
源からのエネルギーが直接伝わってくるのを私は感じます。

一人ではなかなか読みこなせないスピリチュアルな英語の文章を、
一緒に読み進めていきます。スピリチュアルな内容の英語の中で
良く使われる言葉を学んだり、翻訳では伝わりきらないニュアンスを
感じ取っていきます。

9月中旬にクォンタムリープ(意識の量子的飛躍)とよばれる意識の変化がおき、
今どのようにこの変化をとらえていけばよいのかがわかりやすく書かれています。
”I am ”「私」という意識を持つことの大切さにもふれており、これから英語を通して
新しい自分を目覚めさせる上で、とてもエンパワメントになる内容なので選びました。

<10月8日追記>
ワークショップはこんな感じで進めていきます。という紹介の意味で
このメッセージを読むにあたってのヒントのようなことを書きました。

こちらのページへ

「翻訳では伝わりきらないニュアンス」

どうして、あえて英語でボディーワークやスピリチュアルなことを学びたいのかを
先日レッスンでお伺いしてたら、この事にふれておられる方がいらっしゃいました。

特にスピリチュアルな内容は、通訳の力量や内容への理解が問われるわけで、
自分ではベストを尽くしつつ、できる限り適切な日本語を選んで訳しています。
それと同時に、通訳や翻訳で伝わりきらないニュアンスに四苦八苦する時も
しばしばあります。

それを伝えるのが通訳の責任と思って、ふうふう言いながら7年がたちました。
2007年秋、もっとみなさんが英語で直接理解していくお手伝いをしていく時が来た
のも感じるのです。

ということで、13日はまず第一歩。
自分のこれからの通訳にも活かせていきたいと思っています。e0115301_23272919.jpg
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徹底トレーニング英会話 金曜日はテンポが早いですね。
15分があっという間でした。
今回初めてオーバーラッピング、シャドウイングをしてみられた方は
スピードの早さが大変だったかもしれません。

実は私も、あたふたしてしまいました〜。
金曜日だけは、先にテキストに一度目を通しておいた方がよいかもしれませんね。

仕出し屋さんの caterer が、何回もひっかかってしまいました。
ケータリングは日本語になってますよね。それにerがついてるだけなのですが
なじみがない言葉なので、口からすんなり出てこなかったです。
ケーターラーって何か変なの。って思っちゃたのがいかんですね。

このテンポで、全て完璧にオーバーラッピング、シャドウイングができたら
もう練習する必要はないくらいですから、最初はとばしながらも
リズムになれていくつもりで、完璧主義にならずにやっていきましょう。

おととい、テレビの英語番組にさんざん文句を言ってた私ですが
今日のレッスンの方は、「あの番組は本当に良かったです〜、楽しくって」
とおっしゃてました。英語は楽しいんだよ!というのを、伝えるための色々な工夫な
わけですし、あまり文句言うのはやめよと思いました。

私の中で、教育番組はこうあるべき〜とか
NHK なら、それらしい人選をするべき〜とか
刺激は少ない方が良い〜とか、思い込みなわけですし。
思いこみというか、単に私の好みなわけです。
好き嫌いがはっきりしている事は大事ですけどね。

自分の好みが正しいのだ〜と、主張するのは気をつけなければ。
と反省しています。
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NHKハートで感じる英語塾
大西先生の番組を、胸に熱いものを感じながら見終わりました。

体感する英語。英語は配置。そのコンセプト自体が
前からなるほどと思っていたのだけれど、
今日は実際に教えてらっしゃる姿を初めて見て、
あの熱い語りに心から感動を覚えました。

パートナーのクリス先生も、同じ志を持って熱く教えてらしたし、
いやあ、久しぶりにテレビを見て清々しい気持ちになりました。

昨日とえらい違い。

言葉を話すというのは、からだを使うことなんだよ。て
あたり前の事なんだけど、忘れてたりしますよね。
特に英語となると、頭にばっかり集中しちゃいますし。

私はそもそも、からだや感覚に意識をむけるのがとても好きなので
そこに英語を教えるということが重なるなんて
今まで英語を学び続けてきて、よかったなあなんて思いました。

今日はそれと同時に、お昼はラジオであのなつかしの
マーシャ・クラッカワー先生が番組を持ってらして
30年前とかわらないお声を聞けて感動していたのでした。

中学生だった私は、彼女の英語を聞いて育ったようなもの。
いつかお会いする機会があれば、先生のお陰で今の私がいるのです〜
とお伝えしたいものです。

マーシャ先生だけではないですけどね。
今まで教えを受けた先生方や、海外で出会った人や
日本に住む外国人の方(夫もふくめてね)
たくさんのインスピレーションを、本当にありがとうございます。

今日は感動で一日が終わりました。
明日も初めての方の英語レッスン、張り切ってでかけます!
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いきなり今日はおこっている。

テレビの英語教育番組を見ていて、
思わずつぶやいてしまった。
最近のテレビ番組のつくり方、おかしいんとちがう〜。

不必要な音とか、ちかちかする装飾とか、変なセットはやめて〜。
NHKだったらもう少しはっきり話す出演者を選んで〜。
何かがおかしい。人間の感受性を何だと思っているのだ〜。

英語を勉強したかったら、テレビよりラジオの方が集中できるとは
よく言われるけど、テレビがこんなにひどいとは思わなかった。

30代40代、もっと年配の方で、もう一度英語をやりなおそうと思われる方も
いらっしゃるだろうに、この色調ではほんとにどうかと思う。
私が今中学生だったとしても、きっと同じように感じているかもしれない。

昔のあの、シンプルな番組風景がひどくなつかしい。

明日の大西先生の番組を、内容が良いのでみなさんにすすめたのだけれど
番組のつくり方が今日みたいだったら  激怒しそう。わたし。

これは私の受け取り方なので、良いと思った人は見て下さいね。
といいつつ、書かずにはいられなかった。

何かを学ぶ時って、感覚を開いて、色んなことを吸収しようとしている状態だと思う。
その時に、不必要な刺激や落ち着かない空気が感じられるのは不快なだけでなく、
学ぼうとしている事が、感覚を通って吸収されていくことの妨げになると思う。

シュタイナーの学校などでは、学ぶ環境をとても大切にしてらしたり、
フリントのワークショップの時も、その場が整っているかに彼はとても気を配る。

そういった場(メディアで提供される番組も場としたら)に対する感性自体が、
おきざりにされて、視覚や聴覚的に(いわゆる目にみえて耳にきこえる)
刺激を与えることがどんどん促進され、その一方で目に見えないもの
(オーラや過去生)が見えることが、すごいと持ち上げられたり。

間違っている。

そうやって怒っている自分にむかって、ふと ある詩が心に浮かんだ。

”自分の感受性くらい”      茨木のりこ

        ぱさぱさに乾いてゆく心を
        ひとのせいにはするな
        みずから水やりを怠っておいて

        気難しくなってきたのを
        友人のせいにはするな
        しなやかさを失ったのはどちらなのか

        苛立つのを
        近親のせいにするな
        なにもかも下手だったのはわたくし

        初心消えかかるのを
        暮らしのせいにはするな
        そもそもが ひよわな志にすぎなかった

        駄目なことの一切を
        時代のせいにはするな
        わずかに光る尊厳の放棄

        自分の感受性ぐらい
        自分で守れ
        ばかものよ
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太極拳を習いに、わざわざカナダのホリホックまで行った時の話。

イミグレイション(入国管理)で、「何しに来たのか?」と聞かれて
おきまりの「観光で」とか言えばよかったのだけれど、ちょっと会話したくて
「Tai Chi (太極拳)を習いにきた」ってこたえたら、イミグレイションのおじさんに
「それなら中国に行けばいいのに〜」って、おせっかいなことを言われた。

本当のところ、太極拳が習いたかったわけではなかった。
センサリーアウェアネスのワークショップを日本で体験して、
もっと深めたいと思ったのでカナダまで行こうかなと思ったのだった。
それで、ジュディス先生に次の予定を聞いてみたら
その夏ははセンサリーのワークショップは行われず
太極拳のワークショップならやっているとのことだった。

一瞬どうしようかなあ、とは思ったのだけれど
その時、人生に行き詰まっていたということが大いに背中をおしてくれ、
すぐに行く事を決めた。ホリホックという場所も魅力的だったから。
行き詰まった時って、思いきってえ〜いとジャンプができるので
行き詰まるというのも、悪くはないなと今は思える。

その頃はメールがなかったので、ホリホックやsea plane の会社に電話したり
(ホリホックのあるコルテス島までは、日本からだとシアトルから sea planeで
直接行くのが一番シンプルなのです)
ドキドキしながらも勢いで(笑)電話した覚えがあるが、その頃の英語力の割には勇気があったよな。ほんとに、何かの力が背中をおしてくれていた。

後から振り返ってみると、あのカナダの旅から帰国して一か月後に
カナダ 人のフリントと出会って、彼のコーディネートと通訳をするようになって
その後結婚もしたのだから、やっぱりあの旅は人生の大きな転機となった。
背中をおしてくれた未来からの私に感謝!

そして8年後の今、海外に何かを学びに行きたいので英語を勉強したい。という人の
お手伝いができると言う事は、今までの英語での悲喜こもごもの体験があるからこそ。
海外に行かれないかたでも、英語でボディーワークやスピリチュアリティを学びたい
とおっしゃる方も、みなさん応援させて下さいね。

「学ぶ」という事はとにかく前へ進もうとする事、
智慧の光に照らされていない状態(無明)に、光を照らしていこうとすること。
まさにAwakening Your Inner Light 内なる光を目覚めさせるーということ。

すべては小さな勇気ある一歩から。
(ホリホックの写真です)
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HOLLYHOCK HP
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今日、久しぶりに又NHKラジオの英語を聞いてみた。
クラスの皆さんにおすすめしている以上自分も聞いておこう!と思って。

去年の9月「もっと英語力アップしよう」と思い立ち、本屋さんで色々探して
結局NHKラジオの徹底トレーニング英会話を始めることにした。

どれだけ続いてたっけ、と買ってあるテキストを調べてみると
9月から12月まで「徹底トレーニング英会話」を続けて、
1月に「英会話上級」にうつっている。

それから、あれ、間があいて...。

7月に「テレビで留学」を試してみて。
9月に「わかる使える英文法」のテキストを買ってある。

おもしろいことに、英語力アップを目指して4か月頑張った昨年の12月末。
ある展開があって、その次の月ー今年の1月から毎月京都に通うようになった。

京都ではほとんどが外国人のクライアントさんで、その連絡や応対が次々とやってきて
又、京都に住んでらっしゃる外国人の方のコミュニティに入れて頂きながらの
暮らしだったので英語を使う機会が飛躍的にふえた。

なのでその半年間は、実地での英語体験に忙しく
ラジオの勉強はほったらかしになってた。

そしてしばらくして、思い立って7月頃に
「テレビで留学のテキスト」を買ったら

今までにはなかった、英語のみのワークショップが何度か続き、
(ということは私は通訳をしなくてよく、参加者になれたわけです)
英語での泊まりのリトリートまで実現してしまった。
これは本当に良い体験だった。

日本にいながらにして、スピリチュアリティを学ぶ留学をしたようなもの。
「京都スピリチュアル留学」

こうして1月から半年、京都で実地の英語徹底トレーニングを受けたから
今、こうして英語を教えるということに一歩踏み出せた。
去年の9月には想像もしなかったこと。

テキストを選んで買う!という事は、自分の意志表示をしているわけで
(誰にむかってだろう、ハイヤーセルフにともいえるし、宇宙にむかってかな)

そうすると、その意志表示に応じた体験がおこり、
それを引き寄せている自分がいる。
そして、その体験を通して力もついてきている。
力がついてきたら、またさらなる展開がおきてくる...。

そうやって成長していくのね。

NHK英語番組のサイトなど
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苫小牧市、白老のポロトコタン(アイヌ博物館)での写真です。

9月18日に行く予定にしてはいたのですが、当日の朝
ちょっと遠いし行くのどうしようかねえ、と話していたら
ふとつけたテレビで、まさにその白老が特集されてて
ポロトコタンがうつっていたのです。

そんなこんなで、せっかくここまできたのだから、
やっぱり行こうということになり出かけたのでした。

ムックリの演奏やら、アイヌの子守唄や、イヨマンテの儀式
フリントがハワイのお祈りをする時に唱える言葉と同じ言葉を
アイヌの儀式の中で耳にして、驚いたりしていました。

踊り手のお姉さん達が、しきりに私の方を見てにこにこしているので
どうしたのかな?と思っていたら、
私のはいてるインディアンの靴が、舞台から見えてたらしく
「かわいいわあ」と、うけてしまいました。

舞台の後、色々お話をして一緒に写真をとらせて頂きました。
今朝テレビに出てらした方だったので、
この方に導かれて、ポロトコタンまで来たような気がしたのでした。

クォンタムリープの日に。

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全く初めて一人旅で海外に行ったのは、ジンバブエだった。
縁あってキリスト教の世界会議のお手伝いで参加した。
現地で日本人の方と合流したので一人旅とはいえないけれど、
とにかくたどり着くまでに、まるまる2日間くらいかけて行った思い出がある。

関空ーアムステルダムーケニアーリロンゲージンバブエ、
確かこんなルートだったように思う。

アフリカなので、2種類の(何だったか忘れたけれど)予防注射をうって、
何かの薬(結構強かったように思う)を、フライトの何時間前から飲み始めた。
おかげで、アムステルダムで吐き気とおなかの妙な具合におそわれ、
飛行機搭乗のアナウンスが流れているのに、トイレから出られない(涙)という
悲壮な体験をした。

結局何とかケニア行きに乗り込んだのだけれど、その時不思議な体験をしたのだった。

別に何かが見えたとかどうとかではないのだけれど、
客席にいる人達を見渡して、自分がここに一人で座っていることをふと意識した時に、
国籍とか、自分が日本人だとか、深いところにあった人種の「違い」という感覚、観念が
意識の中で溶けていくのを感じた。

からだはぼろぼろで、もうそんな事どうでもいいや!という
あきらめというか、降伏というか、
意識して手放すというより、ほんとに感覚的に、どうでもいいや!がびったりだった。

クリスチャンでもないのに、はるばる日本から世界会議に出て、
何故私がここにいるのだろう?と、アフリカの大地の上で自問自答したけれど、
ただあの時、これからの未来の為に自分の中の枠を溶かすためだったんだろうな。

かれこれ、10年前の出来事。
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海外からの講師のワークショップを、通訳を通さずに体験したい!
そのような多くの声にお答えして、英語でのヒーリングワークショップを企画しました。

このように目的がはっきりしているのなら、その場を設定してしまうのが一番!
実際にその場を体験する事で、どのようにこれから英語を学んでいけば良いのかがわかりますし、私にとっても、どのようにレッスンを進めていくのが効果的なのかを探っていこうと思います。

ヒーラーでもありネイティブスピーカーでもある、パートナーのフリントによる
ヒーリングのメカニズムについての英語の講義に、私が説明を加えながら
できるだけ英語でそのまま理解していく練習をして頂こうと思います。
光を呼吸する瞑想も入る予定です。

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詳しくはHPへ
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23日、24日の2日間 9月アウェイクニングイングリッシュ
ワークショップ、終了いたしました。
参加頂いたみなさま、ありがとうございました!

これから留学や海外旅行をされる方、留学やワーキングホリデーから帰国して
日本で英語を使う機会がないのでとおっしゃる方。
様々な目的でご参加頂きました。

その中で、今回新しい流れが生まれてきたなと感心したのが、
・ボディーワークを海外で学びたい。
・海外からの講師のワークショップを、通訳を通さずに体験したい。
・講師と直接英語でコミュニケートしたい。
・海外で自分のワークショップを開きたい。
という思いから英語を学びたいという声でした。

ロハスムーンさんを通して告知させて頂いただけあって、
全員の方が何らかのヒーリングやボディーワーク、エネルギーワーク、
アロマなどを体験されてる方々で、その方面の話で花が咲きました。

そして、ヒーリングやスピリチュアリティについて、もっと英語で直接学びたい!
世界の人に英語で伝えたいという人がいらっしゃるのを知り、
ほんとにほんとに嬉しかったのでした。

今までは通訳という仕事を通しての役割だけでしたが、
これからは、みなさん自身が英語で直接学んだり伝えたりできるお手伝いという
さらにわくわくする役割ができて、ますますやりがいを感じています。

クォンタムリープがまさにおきていますね。
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クォンタムリープの週を北海道で過ごし、
無事東京に帰ってきています。

色々と報告したい事があるのですが、
明日からの英語教室の準備におわれています。

お世話になった苫小牧の方のブログに、ワークショップの様子などを
載せて下さっていますので、写真と共にご覧下さい。さくらぎ笑楽好(しょうがっこう)さんブログ
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もちろん、てんぷらそばが大好きということもあるし
長野のおみやげの、本格的なおそばでおいしかったということもあるけど

何というか こうやって、
夫を目の前にして、にこにこしながら元気に食事ができる。
このような、あまりに当たり前の暮らしが幸せなんだなあ、
としみじみ思ったら 涙が出てきた。

意識のクォンタムリープ(量子的飛躍)がおきつつあり
宇宙ですごいことがおきている  その事と同時に

この地球で人間で、精一杯生きてる事そのものが
奇跡のようで、いたく愛おしく思えた夜でした。
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英語のレッスンを始めるのは、本当は長い間躊躇していた。

留学経験はないし、帰国子女でもなし
いわゆる完璧に、ネイティブのように英語を話せるわけではない。
今でも調子が悪いと、思ったように英語が出てこなくて悲しくなる時がある。

でも、だからこそやろう! と思った。
嬉しかったこと、悲しかったこと悲喜こもごも
英語を通して体験したことを、同じ道を歩こうとしている人に伝えたい。

できなかったことが、段々できるようになっていく、
そのお手伝いができるって、素敵だな。

以前、フラの発表会の時、私達のクラスは初舞台で
まさに口から心臓が飛び出そうな状態で踊り終えた後
先生が舞台のそでで泣いてらした....と
後で先生の先生がおっしゃってた。

私もそんな体験がしてみたい。
イメージがどんどん広がっていく... 。
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以前からやろうと思っていた英語のレッスンを、ようやくこの秋から始めます。ただ今、カリキュラム作成中。アウェイクニングイングリッシュというタイトルなので、普通の英語教室とは違うのです。今まで習ってきたスピリチュアルに目覚めていくことも内容にいれながら、独自の方法をあみ出しています。この創っていく過程がとても楽しいのです。

今年の始めから、京都で英語を教えてらっしゃる大学の先生達と接してきて、
学期始めや、試験、評価...、と、様々な大変さや、
生徒さん達との関わりの様子を身近で体験させて頂いた。

忙しいのよ〜、大変だわ〜と、おっしゃってる傍で見ていると
本当に大変そうなのだけれど、

私の目には、とてもいきいきして
英語を教えるということ、若い世代を育てることに
とても責任とやりがいを感じてらっしゃるように見える。

今、ようやく重い腰をあげて、自分も何かを教えることを始めようと思ったのは
彼女達に接してこられたお陰だと思う。

大好きな先輩方に感謝。

アウェイクニング・イングリッシュ
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今年の夏は、絵日記がいっぱいかきたくなるような
まるで子どもの夏休みのような日々を過ごした。

満天の星空の下で寝たり
花火、すいか、とうもろこし,
冷えたきゅうりにお味噌をつけたのを食べながら、
村の神社で人形浄瑠璃を見た。

ひるに血を吸われながら歩いた雨の森の中。

放し飼いにしてあるにわとり達の群れを通らないと
ご不浄(トイレ)に行けない、という環境のお陰で、
ずっとずっと恐かった、にわとりともようやく仲良くなれた。

何十年ぶりかでテニスもしたぞ。それも夫と... .
2人で映画(ガイアシンフォニー第六番)も見にいったし。

京都では、8年前のフリントのワークのときからの仲間と、
東京では、とても思いで深かった山中湖の仲間と
それぞれ、リユニオン(同窓会)パーティーを開くことができた。

いくつになっても、夏は特別。
他の季節にはない魔法を授けてくれる。

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今日、未来の自分のイメージをしてみたら
80才くらいで、とても元気なおばあちゃんの私が見えた。

でも、日本人ではなかった....

今よりもっと  ナチュラルな英語を話していて
明治のおばあちゃんの気概みたいなものも感じられる
ターシャー・チューダーさんを太らせたような感じだった。

少し先の未来が見えにくい時は、思いきりジャンプして先を見るのもおもしろいかも。

I intended to see the image of my future self today.
Then I could see myself as a healthy genki old lady around 80years old.

But she didn't look Japanese anymore...

She spoke English more naturally than I do now.
I could feel the sense of dignity from her presence.
Looked like Ms、Tasha Tudor but not thin like her, more chabby.

When we have some trouble to see the image of near future,
it may be helpful and interesting to jump high and see the future ahead.

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最近はあまり見なくなったのだけれど、
以前、学生の時の夢をよく見てうなされていた。

今日が、大学の履修届を提出する日なのにできてない、
試験の日なのに、自分が履修した科目を全く覚えてない、
履修してから、試験の日まで一度も授業に出席してないことに気付く。

履修、試験、卒業、勉強不足.....
どう考えても学生時代に、やり残したものがあったということが
明らかにわかる夢だ。

高校の3年の時に、後何日学校に行かないといけないか、必死で数えている
そんな夢も何度も見た。

「おかしいな高校も大学ももう卒業したはずなのに
又、やり直しているのか私は。」と、夢の中の私はあせっている。

起きてから、実際に卒業証明証を探して確認したことさえある。

この、「やり残しの感覚」がいつもいつもつきまとっていた。

そして、最近ようやく
「やり残しの気持ち」が悪いわけではないのだということ。
高校大学生活を、思う存分味わいつくしたと思えなかった人生が
失敗だったのではないのだと、思えるようになった。

今年に入って、京都でご縁を頂くのがほとんど学校関係の方々。
前期試験の最中の大学を訪ねたり、
春に高校を訪れた時は、丁度大学の合格発表の日だったり、
夢の中のやり残し感を、今年に入って再体験しているかのよう。

そして、ただ再体験しているだけなのではなく、
この時代になったからこそできる事が、
教育の世界で私を待ってくれている。そのように感じる。

やり残しなのではなく、教育が生まれ変わる今の時を、
20年間大切に熟成の時を待っていたのだと。

そして、最近内なるワークをする度に出てくる想いが、
新しい教育に携わりたいということ。

学校とか勉強が特別好きだったわけでもないのに、
魂のレベルでは、今ぐいぐいとその方向へ引っ張られている。
そして、その意図が意識にのぼってきたからだろうか
おきてくる現実ー関わる人や場所もーそのように引き寄せられていく。

京都から戻り、2週間の体験をまとめていた矢先、
「教育は死なず」の著者 若林 繁太さんが、昨日旅だたれました。
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