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4月6日(日)夜の瞑想の会の内容は

ロナハーマンを通して伝えられる、アーキエンジェルマイケル
2008年3月のメッセージの中から
the Breath of Infinity ブレス・オブ・インフィニティ〜 無限呼吸

そして、自分自身と他の人をゆるすこと、エンパワメント。
についての内容となります。

ロナハーマンさんのアーキエンジェルマイケルのメッセージ
大内博先生の訳です。
参考になさって下さい。

ロナさんのサイト(英語)(既に4月の新しい記事に変わっていました。)
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お肉、お魚を食べなくなって数週間、
からだがみるみる軽くなっているのを実感しています。

独身時代は、何年間かベジタリアンをしていて
アウェイクン・コミュニティーセンター運営時代は、
つぶつぶ料理教室や、天然酵母パン教室など開いて
食についてみんなで一緒に学んだりもしていたのですが...
いつのまにやら、忘れてしまっておりました。

最近はフリントのセッションの関係で、肉魚なしのメニューにしており、
自分だけわざわざ食べるまでもないので、一緒にヘルシーライフを
楽しんでいます。メニュー考えるのも楽しみの一つです。

今週は、早稲田のつぶつぶカフェに、何度か行く機会もあって、
つぶつぶ料理(雑穀料理)に再会し、
あらためてその奥深さに目をみはっています。

ライスドリームや、ジャックの豆ミート、和食の乾物・雑穀類が
我が家の食物庫にあるのを見ると、もうそれだけで
健康になっていく気がしています。単純なのが一番さ!

以前はかなりストイック(禁欲的)というかファナティック
(狂信的)な、ベジタリアンだったので、
気楽に楽しく復活したいなと思ってます。

(昔のベジタリアンライフは、概してストイックになりがちだった
ように思います。当時は珍しかった玄米菜食のお店で、
「お茶下さい」といったら、「玄米を食べる時は、お茶は飲まないものだ」とお店の人に怒られたのを今でも忘れません。
昔は何でもパイオニアの人は、気合いが入ってましたからね。)

セッションなどで、早稲田のテイクイットイージーさんに来られる際は、
ぜひつぶつぶカフェ、お試し下さい。

お砂糖を使わないスィーツも、かなり魅力的です。

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4月からNHKの英語番組が、色々と新しくなり
おもしろそうなのを紹介します!

「英語が伝わる!100のツボ」は、待ってました!
という感じの内容です。

個性的な外国人が住む日の出ハウスの管理人である、
主人公の光太郎くんは、最初の挨拶で
「今後ともどうぞよろしく。」 を
Please give me your continued help.
と言って、聞いてる外国人を煙にまいてしまいます。

それでは、こんな時どう言えばよいかというと...という風に
番組が進んでいくようです。

他に、「とりあえずビール」とか「どっちもいまいちだな」
なんて表現も見ていきます。
日本語を学ぶ外国人の人が見ても勉強になるでしょうね。
教育テレビ夜11時から10分間、月曜日のみ11時50分からです。
おもしろそうです。

毎週火曜日の夜11時10分から30分、
「赤毛のアン」への旅も、私には見逃せません。
詳しくはこちら
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藤野での2日間のコースから帰り、
「アウェアネス(気づき)」をテーマに
心地良く忙しい毎日を過ごしています。

春分の後、軽やかにからだが動き始めて、
先週先々週の暗さと重さを、よくぞ通り抜けたものだと
今振り返れば、別の人間のことのようにも
遠い昔のようにも感じられます。

2日間のスピリットオブヒーリングは、しっかりと自分の内側を見る旅
でもありましたし、ご一緒したみなさんとの関わりの中でも
深い気づきと学びがありました。

バスケットいっぱいに、夕食からおやつから、おいしいハーブティーに
たんぽぽコーヒー、すべてが見事にナチュラルなものばかりを、
持って来て下さった方がいらして、忙しいスケジュールの中、
お茶の時間がほっとする癒しの時間となりました。

誰かの喜ぶ顔が見たくて、バスケットいっぱいにおいしいものを
つめて下さる。その気持ちこそが”ヒーリングが生起する「心」”
なのだと、体験を通して教えて頂いたように思います。

スピリットオブヒーリングを目覚めさせる過程で、
どのように人に触れるかという事と同時に、
その人の存在(プレゼンス)のあり方そのものがとても大切なのだ
ということを、あらためて実感した旅でもありました。

明日もアーリーバードさんクラス。
しっかりと「気づき」を持って存在できますように。

〜お知らせ〜
4月の瞑想の夕べは、4月6日(日)午後6時から阿佐ヶ谷区民センターにて。
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不思議なお誕生日の一日でした。
フリントのお仕事の関係で、一緒に出かける用事があり
それが私にとって、とても意味深い出来事でもありました。

この人生からの旅立ちと、誕生するということが
正反対のことが、一つに重なって

transition〜こちらからあちらへ旅をすること〜
行くのも来るのも、本来は何と尊厳に満ちたことだったのかと
思い出す、光に満ちた一日でした。

お彼岸の入りの今日から、私にとっては新しい1年の始まり。

春分の日は藤野で迎えて、お彼岸の明けも、ヒーリングクラスの
4回目で、スピリットオブヒーリング・ ウィークが
春への旅立ちに、丁度重なりました。

今年は23日がイースターでもありますし、復活の日になるのかしら。
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ひとつ下の日記に出てくる、ことわざは
英語ではこうなりますね。

Don't throw the baby out with the bath water.
盥(たらい)の水と一緒に、赤子まで流すべからず。

ちなみに説明は、このように書いてありました。
In getting rid of waste, don't also discard what is worth keeping.
(不要なものを処分する時に、残しておく価値のあるものまで捨てたらだめですよ)

そうすると、その選別(どれが赤ちゃんなのか、汚い水なのか)が大切になるわけですね。
押し入れのものを整理する時と同じで、迷い出したら捨てられないので
勢いで捨てちゃったりしますから。

今こうして、このテーマについて思いめぐらせているのも
誕生日を目前に、何かクリアーにすべきことがあるのか。
もしかして、流してしまった水をもう一度見なさいってことかしら。

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着物を着ている感情体の続き...

先日は「着物=締め付けられて苦しい」という観点から書きましたが、
着物自体が重くて悪いとは、私は思わないのです。
こんなエピソードを一つ。

結婚の披露パーティーに、着物を着たのですが
その日は朝起きたら気分が悪く、(緊張してたのでしょう、きっと)
この大事な日を乗り切れるのか私?と不安になり、
「調子悪いから着物はやめて、洋服にしようか」と悩んだのでした。

それでも何とか美容院に行き、着付けをして頂いて
(そこの美容院の着付の方は、私は日本一と思うほど上手なのです)
あるポイントを、腰紐でぎゅっとしめて下さった時に、
背筋がしゃんとのびで、からだにエネルギー(活力)がよみがえったのを感じたのでした。その一瞬に、「これで大丈夫、今日は一日やっていける!」と感じたのをおぼえています。
そして実際、あの忙しかった披露パーティーを
無事笑顔で終えることができました。

着物はある意味、からだをしめつけるものではあるのですが、
けれども、やみくもに締めているわけではなく
ポイントをおさえた緩急(あるところは締め、緩める)で
からだを包むことで、からだに軸を通らせ、
英語で言うアラインメント(一直線に整列する)させる型が
できているように思います。

軸が通ってしゃんと背筋がのびて、腹が座った姿勢でいると、
本当は着物の方が疲れない(はず)なのですが、
日常の姿勢とは変わるので、着物用の身の保ちかたに
慣れなくて疲れる、というのは確かです。
何と言うか、「着物に着られてしまっている。」
ー帯をしょって、ふうふう言いながら着ている感じかな?ー
と、とても重いものになってしまうようです。

けれども、うまく着物とからだ(呼吸もかもしれません)が
響きあっていれば、からだをサポートしてくれる
型になっていると思えるのです。

ちなみに、私は洋服を着ていても
帯締めをベルト代りに使うのが好きなのですが、
からだや気持ちのどこかで、着物の「腹をくくる」位置は
おさえておきたいと、感じているのかもしれません。

このような、着物に対する私のからだの感じ方というのは、
伝統に対する私の思いと似ているように思います。

伝統=古いもの重いもの=悪い のではなく
型を通して受け継いできた、智慧や存在のあり方の中で
忘れ去ってはいけないものが、確かにあるのだと思うのです。

その中に潜んでいる本質は受け継ぎつつ、
重さやほこりがついてしまったものは、削ぎ落として
新しい伝統を創造していきたいと、常々思い描いています。

たらいの汚れた水と一緒に、赤んぼうまで流しちゃだめよ
ということわざがありましたね。
春から始めていく「New ティーセレモニー」も、
そのような思いを込めて、”いにしえにあたらしい”もの
をうみだしていきたいと思っています。

e0115301_161346.jpgよろしくお願いいたします。
ぺこり。

上記の美容室はこちら。
芦屋のフミ美容室
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奈良・東大寺二月堂の修二会(お水取り)は
本行(3月1〜14日)終盤の12日、
毎夜上がる松明(たいまつ)の中でも一回り大きい
籠(かご)松明の登場を迎えた。

asahi.com より

「まだまだ寒いですね」
「お水取りが終わるまではね」
(お水取りが終わると、ほんとにあたたかくなる。)
関西では、この時期よく聞かれた会話を
ふと思いだしたのでした。

Spring is just around the corner.
春はもう、そこの角まできてるよ!

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「今年は奈良が開いてきている。」
と、何人の人から聞いたことか。

一体どうしたのだ、奈良!
今までひっそりと地味に存在し続けてきた奈良が
東京でこんなにその名を耳にするとは。

そして最近、天河の五十鈴をよく身につけてたら
英語のレッスンの時も、何度かその話で盛り上がり、
(神社の話でよくもりあがる、私の英語レッスン)

既に3人の人から、一緒に行きたい!といわれている。
東京からあんなに遠くまで、みんな行くのかと
それだけで、びっくりしている私。

先日参加したバースビジョンのワークショップでも
ファシリテーターの友人が、「先週行ってきたのですよ」
と、まっさらの五十鈴を身につけてらして、又もやびっくり。

フリントも、天河行きたいって、今年の始めから言ってたし。
何なんだろう。 呼んでいるのか誰かを。

天河神社のホームページに行ってみたら、平成元年のご造営から、今年で20年なのですね。
御秘神日輪大辨財天神 特別ご開帳というのも、夏の大祭の頃にあるようです。

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8日の内なる旅 .”Creating Within the Dream"は、
エモーショナルボディ(感情体)をクリアーにすること
がテーマでした。

いつもフリントは、インナーワークしたその後何日かの夢に
気をつけておいて下さいね。というのですが
まさに、その夜にワークの続きの夢をみたのでした。

(夢)
父と兄がいて、家族の車の後ろの荷物をいれるところをあけると
着物を着た人(の形)が、中に横になって入っているのが見えました。
それが、何となく母だとわかったのですが、最初から母自体はすでに
その着物の中からは抜け出しており、
抜け殻の着物の人の形があったわけです。

夢の中ではその意味はわからず、私は車の助手席に座って
その後、夢うつつでうなされていたのでした。

(インナーワーク)
おきてから、着物の抜け殻の意味を探る為に
昨日録音した瞑想を聞きながら、もう一度ワークしてみました。

そうすると、私の感情体は今まで、「着物を着ていた」
というイメージが見えたのです。

着付けをする時の、腰ひもや帯締め、帯をささえる帯枕の
ひもを締める位置が、みぞおちからハートのチャクラのあたりに
結び目になって、丁度その部分がしめつけられるのを感じたのでした。
帯が重いし、エモーショナルボディーが、
着物でぎゅうぎゅうに締め付けられている!

着物に象徴されるのは、伝統や「日本女性としてこうあるべき」
という、私の中の信念なのだろうと思います。

そのような思いこみからは、もうかなり自由になってる
と思っていたのですが、
まだまだ意識していないところで、縛られていたわけですね。

これではあまりに苦しいので、その結び目をほどくことにしたのですが、
これがそう簡単にはいかなかったのです。
(まさに一筋縄ではいかない!という言葉どおり、
結び目が何十にも重なり織物のようになっているので、
一本ずつほどくのは無理と判断して
クリスタルの光の剣で、切るでもなくほどくでもなく
「はずす」ことをしてもらいました。

そうすると、そのはずれた物の下に、からだの内部にむかって、
つきささっているものがあり、又、それを抜く作業が出てきたわけです。
これも最初は手に負えない!と感じたのですが、遂には
鉄のボルトのようだったものを、氷のつららに変えて、
太陽の光でとかし何とか対処しました。

その後、ぽっかり穴(傷あと)になっていたところを、
緑のハーブと土をまぜたものを塗り、
傷あとは自然に癒えるようにしておきました。

その過程で、母や両方の祖母そして祖母から先へと続く
女性の血のつながりの流れや、連綿と受け継がれてきた思い込みが、
私のからだのこの部分に、つながっていることを感じていたのでした。

その後、起き上がって歩いてみた時に、
からだの保ちかたが変わったのを感じました。

そして、着物ではなくもっと軽い違うもの
ー現代の洋服とも又違った何かー
を身にまとっているのを感じたのでした。

続きは次回..
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