カテゴリ:WS リトリート報告感想( 15 )

上高地での旅の始まり。

この景色を見た時、思わず「うわあっ!」と叫んでおりました。
美しいとか、雄大なとか、表現する言葉があるはずなのに...。

その後も歩きながら出会う景色に「おおっ〜」とか「ふうっ〜」とか、
口から出てくるのは「音」ばかり。

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このターコイズの水の色が、どこまでもどこまでも続きます。
東京に帰ってきてからも、目を閉じるとまだ見えているのです。
それも、ハートのところで見えるのです。

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2日目は、森の中にてビジョンクエスト。

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明神池を眺め、鏡のような水面に心を映し出す。

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3日目に、この雄大な山に向かってビジョンを発表。
出てきた言葉は、とってもシンプルなものでした。

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この間に色々なオーメンと出会ったり、森の中を歩きながらのワークやおしゃべり、
月と星の下での夜の瞑想など、たくさんのことがありました。

一言でお伝えすると、
小さい箱の中で、あちこちぶつかっていたマインドの私から、
無限に広がる空や山のような、ハートに戻ってくる旅でした。
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春分の奥飛鳥リトリート 
1日目は女淵を目指し、思いがけずその先の
5次元へと渡る?橋までたどり着く。

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2日目はさらにその奥の、「男淵」まで向かいます。

未知の場所へどきどきしながら向かい、たどり着いた途端

フリントがあるものを発見!

ここだよ! ここでよいのだよ!と自然の精霊からの応えのよう。

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私は一瞬それが何なのかわからず、木の枝かと思いきや、

「鹿のつの」が、地面につきささっていたのでした。
こんな強烈なオーメン、今まで見た事がなくびっくり。
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この「奥飛鳥ビジョン・クエスト」は、回を重ねるごとに
向かう場所も奥へと進むと同時に
おきてくる現象も、だんだんディープになっていっております。

帰り道には、道ばたにこんなものも見つけたり。

気づきの目をいつもより開いて見てみると、世界は驚きに満ちている。

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センス・オブ・ワンダーを体験し、新しいビジョンを探求する春分の旅でした。

こちらが男淵です。

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稲の香りが風に乗って、家の中まで入ってくる贅沢。
いちじくやら柿やらを、庭からもいでそのまま食卓へ。
ゴム長靴をはいて、てくてく歩く田んぼの道。
昨晩は玄関の前に、丁度プレアデスが顔を見せてくれていたので
庭に寝っころがって、星を見た。
今の私には、これ以上の贅沢はない。

リトリートという言葉は、元々は退却、隠居、引きこもるという意味。以前の私達のリトリートも数日間を日常から離れて過ごし、また日常へ帰っていくというものだったけれど、今はその区別も薄れてきているよう。

引きこもるというよりは、日常を生きながら「自分を見るもう一つの眼と共に過ごす時間。」という言葉がぴったりかなと思う。そして「自然」は、必要不可欠な要素。なのでこの伊賀上野は、新しいリトリートの為の何よりの環境になっている。

今回はビジョンの実現がテーマなのだけれど、私自身はその前段階の様々なテーマが浮上してきて、男性性・女性性のバランス、エゴ、パワーを使う恐れ、境界線、情と慈愛の違い、コントロールとコマンド。普段ならカーペットの下に隠していたものや、根本的なところの自分を自分でバージョンアップする必要性、などがぞろぞろ出てくるので、ちょっときつかったりした。(涙)

そんな時、自然が何よりの助けになってくれる。頭の中でぐるぐるとうずまくおしゃべりが、きちんと整理されていく。見たくなかった自分を、しっかり見る勇気をどこからか与えてくれる。ただそっと、寄り添っていてくれる。

こういうことって、何らかのテクニックで外からどうこうできるものではなくて、「気づき」が生まれる「場」と、その「気づき」を言葉なり何らかの表現で自分に落とし込む、その導きがあればよいのだなと、今回は実感した。と同時にこのリトリートでの過ごし方自体を、新しいライフスタイルにしたい。とさえ思っている。

この数日皆さん遠慮して下さってたみたいで、今日から少しずつコミュニケーションが戻ってきています。距離が離れていてもお電話やメールで、不思議な形でこのリトリートに関わって下さってたり、おもしろいタイミングでコミュニケーションがおこっていくのも、興味深いです。

変化の時だからこそ、変化の渦から一歩下がって一段あがって、大きな絵で見てみる。

この伊賀でのリトリート的視点を、天川のthe Art of Being に活かしていきたいと思っています。そして、これからのthe Art of Living 暮らしのアートにつながっていきますように。

それが、2013年の私のビジョンでもあるのです〜。
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色彩に満ちた光景が、今もありありと目にうかぶ。

光の差し込むキッチンでお庭から収穫した野菜を料理し、笑顔とおしゃべりで囲む食卓。
人間の意識の進化、次元、シャーマン、アセンションなどたくさんのことを語りあった、稲穂たなびく田んぼが見渡せる和室。

ゴム長靴をはいて、伊賀上野の自然の中をてくてく歩いた感触。巨大なおたまじゃくしを狙う名もしらぬ鳥たち。かまきりと蟹親子の壮絶なバトル。

彼岸花の中で瞑想している美しい姿。

持って行った「解決すべき人生の問題」は、最後の最後に自然の中でねっころがってる中で、「ああそうか」と腑に落ちた。

宇宙へと意識を広げれば広げるほど、日常が光に満ちる。暮らしの営みを大切に心を込めるほど、宇宙は私たちを招きいれてくれる。

気づきも次元を越えたリトリートだった。時間にも制限されず自由に。

「ここぞというスポット」に導かれて、各自が思い思いに必要なことをして、必要なことを得る。
適当な雲があれば雲を溶かす術を練習し、石を見つけて次元間に五感を使う実習をし、たき火を見つめながら、自分の中のいらないものを燃やす。ついでにその火でおいもを焼いて食べる。

シャーマンとは特別な存在でもあり、かくも日常に密接した存在でもあるのか。

技能を磨くというより、自分でないものをそぎ落としていけばいくほど、中からたちあらわれてくるものでもあるのだな。と、それを体験した旅でもあった。

こんなにも今回のリトリートに最適な場所はない、と思えるほどの場所とお家。集まって下さったお顔ぶれ。そしてあのお天気。

すべてが黄金色の光景。それが今もハートの中に存在し、同時進行でこの世界もあの世界も生きている。

満たされた感覚と感謝とともに。
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平城宮跡でのワークショップは、フリントが素敵なスポットを見つけてくれました。大きな木を五角形の机が囲む形での青空教室。自然の精霊も、しっかりと私達の心のシェアに耳を傾けてくれてたのを感じました。

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新しい未来を選択する。苦しみを解放する。選択に気づきを持つ。祈り。などもりだくさんのテーマでしたが、自然の中という環境ではすべてがシンプルに進んでいきました。

草の上で、ステップを踏んだり、踊ったり。

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葉っぱでアート

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前日の下見での、夕陽に映える大極殿

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3時間があっという間で、名残惜しかったです。次回はお弁当持参でゆっくりしたいと思いました。

注)平城宮跡は何時まででもいられるみたいです。でもお手洗いは午後5時にすべてしまります。(笑)
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今日の奈良でのワークショップより


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伊勢のリトリートから帰って、あちこちから次のリトリートやワークショップの声を頂いております。葉山リトリート、伊賀上野忍者?リトリート、女神山で東西Awaken 合同リトリートなどなど。さてさてどう形にしていこうか、というところです。

リトリートは2001年の伊勢から始まって、様々な場所で様々な内容で行ってきました。今日、過去のリトリートを整理してHPに載せましたが、2003年の阿蘇・高千穂はその中でもユニークだったなとなつかしく思いだしています。フリントのコレクションの世界中から集めた砂で、みんなでマンダラをつくり、最後はその砂を阿蘇山の火口に投げるという儀式でリトリートが終わったのでした。

このようなアート&セレモニーなリトリート、山中湖でのシャーマンリトリートもおもしろかったですし、秋の女神山「聖なる空間」は、とても深いスピリチュアルサイコロジーの3日間でした。

その土地と集まって下さるみなさんの顔ぶれ、そしてその時のタイミングで内容もはじめの予測とは変わっていったり、それも又リトリートの醍醐味でもあります。今回の伊勢も1日目から3日目までお顔ぶれが変化していきながら、みなさんで一つの大きな流れを運んでいって下さったような、まさにパルス〜脈動を感じる3日間でした。

伊勢の音声を聞きなおしながら、3日の間にみなさんの瞑想やシェアが深まっていく様子に、じっくり時間をとって学び体験する良さをあらためて感じています。そしてこれはいつもおきることなのですが、2日目の夜くらいからフリントの英語が通訳を通さずそのまま伝わっていくようになり、横で見ていて感動しつつおもしろいな〜と思うのです。特に夜のお話タイムなどでは、みんなが直接フリントの話にうなずいたり笑ったり、時には今まで英語は話されてなかった方が、自然に英語を話されていたり...。私は心の中でしめしめと思ってたりします。(夜遅くなると通訳の頭が限界になってしまったりするのです〜。ごめんなさい)。

というようなことを、東京に帰ってお話をしていたら、英語で瞑想会をしてみたいという案も出てきました。一石二鳥でいいかもしれませんね。e-Learning も英語の練習に使って下さってるという声もききますし。せっかくバイリンガルでやっているAwaken ですので、上手に使って下さいね。これから夏至、夏にむけて、新しくinteresting で楽しい体験を、たくさんしていきたいなと思っています。

アースダンス・リトリート、砂マンダラや囲炉裏を囲んだお料理、踊っている私、満面の笑みのフリントなどご覧下さい。
アースダンス・リトリート
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11日、朝目が覚めて「ああ、雨か」と一言つぶやいた。
傘をさして二人で神明宮までむかう。御手水でお清めをして、門まで歩いて拝殿の方を眺めていた時、雨が空気を洗い流してくれたからか、今までとは違う景色に見えた。「今日は雨が似合うな。」と又心の中でつぶやく。

お参りにもご一緒下さったみなさんと集合して、それぞれで拝殿から玉砂利の向こうの本殿に向かって手を合わす。

今までで最高のお祈りができたと自分で思えるほど、つながろうとするところとのチューニングの合いかたがとてもクリアーに感じた。

「新しいな」という感覚。最高のお祈りというより「新しいお祈り」ができた、と言ったほうがいいかもしれない。

ふと、熊野リトリートでの玉置神社の玉石社でのチューニングの体験が、よみがえってきた。あの時に「聖地や神社はネットワークでつながっている」ということ、その場所で祈ることが(またはそこにいること自体)そのネットワークをつなげていることになるのだ、と身をもって感じた事が、神明宮でよみがえってきた。

そして天河での、「新たな神性との関わりー内側に聖域を創ること。」も、あの体験があったから今日のお祈りができているのだなと、今までの天河から熊野の流れが、11:11でまたつながった気がした。

そして瞑想会&お茶のひとときを終えて家に帰ったら、鞍馬から紅葉と霧の鞍馬寺の写真が届いていた。そのことがとても嬉しく、私にとって「つながること」「つなげること」がこんなに嬉しいことなのだという、新たな発見もあった11:11だった。
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子供の時に、いつも描いていた絵があった。山が3つ4つ連なり、前には川が流れている。そして決まった位置に家があり、その横に木が数本たっている。何を思って描いていたのか定かではなく、絵を描きましょうといわれて白い画用紙とクレヨンを前にすると、いつも描き始めるのはこの絵だった。子供の私にとっての「夢の風景」だったにちがいない。

その絵は大人になってもいつも心の中にあり、旅に出てそのような風景に出会うと、心の中のその絵といつも照らし合わせていた。「夢の風景はここなのだろうか?」と。

熊野のリトリートの最終日、みなさんのシェアを聞きながらふと見上げた景色が、その「心の風景」とぴったりと重なった。

今回のリトリートは講義の時間は少なく、それぞれの方が持ってこられたテーマを、熊野という場に身をおき自然や人と触れ合うなかで気づきを得ていくというものだった。その3日間のまとめのシェアは深く心に染み入るもので、静かな聖なる空間に身をおきながら、「私達はここまで来たのだな」と、地理的時間的そして歩んできた道のりへの思いすべてがこもった「今、ここに到達した」感覚を味わっていた。

「あ〜この景色だったのだ」という感覚がした瞬間、丁度私のシェアの順番になった。今の感覚を伝えようと話始めたら涙で言葉にならず、その沈黙の中で、ふすまの両脇に坐ってらしたお二人がふすまをさらにす〜っと開いて下さった。

目に映る広がった夢の風景。

子供の私は何を知っていたのか。熊野のこの場所を見ていたというよりも、この瞬間を見ていたのだろう。人がまっすぐに自分を見つめ、気づきを深め分ちあう場に身をおく。子供の私には「スピリチュアリティのリトリート」なんて言葉も概念もなかったはずだけれど、いつの日か「私が私として存在する瞬間」が来て、その時に目にする風景を知っていたのか。

一人であの場所にいて同じ景色を見たとしても、きっとこの一致はおきなかっただろう。その前に過ごした3日間があり、あの空間を創り上げた人達がいて、あの瞬間におきた一致。そして、さらに辿ればへびに噛まれてフリントと出会ってからの、この10年が生み出した一致でもあった


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縄文の地での夏至の日の儀式&瞑想会は、新しい土地での新しい出会いの豊かな1日となりました。向島農園さんのある場所は縄文時代には祭祀を行う場だったそうで、そのパワフルな土地で富士山から地球の核〜そしてクリスタリングリッドにまでつながる瞑想は、澄みきった清い力強さに満ちていました。行ってみるまで何が起きるのか?どんな方が何人いらっしゃるのかわからない瞑想会だったのですが、やはり7人のメンバーでの集いとなり、必要なことがおき新たな流れができていきました。

静岡名産の数々のおいしいランチをお腹いっぱい頂き、ミニボディーワークセッションも行われ、お茶の畑や工場も見学させて頂き、盛りだくさんの一日でした。それにしても、ディープティッシュ(深部組織に働きかける)ワークは、みなさんのからだが(心も)今求めてらっしゃるのだなと、つくづく実感しました。ボディーワークをするフリントの手元に注がれる熱い眼差しが、みなさんの興味を物語っていましたし、深いところからの解放が必要な時なのでしょうね。

*来週月曜日6月29日には、「浜松」にてセッションで伺うことになりました。
*埼玉方面でも瞑想会&チベット5つの儀式の集いの話も出て、今計画して下さっています。
*24日(水)東京の瞑想会&チベット体操はたくさんお申し込みを頂き、体操の方はお申し込み締め切らせて頂きました。次回は「活元運動」をご紹介する予定です。

明日朝4時35分は新月ですね。元気なからだで、新しいサイクルが心地よいリズムで動いていきますように。
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